どんな一日だったのか、まったく記憶にありません。
特別なことなどなく、いつものように仕事を終え、
まっすぐ自宅にもどりました。
門は閉まり、門灯はついておらず、
家族が外出していることはわかりました。
暗いな、と思ったことだけは覚えています。
ドアの前に立てば、すでにリラックスモード。
鍵をとりだし、中に入るだけです。
ところが、気のゆるみと暗さで、
鍵を取り落としてしまいました。
拾うためにかがんだ時、
肩と首に衝撃を受けました。
ものすごい重圧……どうなっているのか、
頭の中で答えを探すのですが、
経験と理解の範囲を超えています。
羽交い絞めにされていることはわかりました。
苦しくて息もできず、声もだせません。
肩越しにうっすらと腕が見えました。
もう、限界。
どこかに連れていかれるのか、命が尽きるのか、
抵抗する力もなく完全に諦めました。
そうして、意識が遠のいてゆきました。
ところが、目を閉じる直前、
あっけなく重圧から解放されたのです。
しばらくうずくまったまま、
振り向くこともできませんでした。
どのくらいの時間がたったのでしょう。
恐怖を感じながら、ゆっくりと振り向きました。
するとそこには……、子犬が。
セントバーナードの!
飼っているお宅を知っています。
おそらく、門扉がロックされておらず、
外に出て、我が家にやってきたのでしょう。
そして、犬がいることを知らずに、
家族が外出するときに、門扉を閉めてしまった……。
話にすると、
微笑ましい光景が浮かぶかもしれませんが、
わたしは、目の前にいる、愛くるしい大きな子犬に、
恐怖しか覚えませんでした。
日が短くなり急に暗くなる秋。一つの街灯をあたたかく感じることがあります。いつも通るお宅の、明るい窓にほっとします。家族のためだけでなく、行き交う人々のためにも門灯はつけておきたいと思うのです。
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本日の一杯 ☕
最後まで気を抜かない
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「ベートーベン」という映画をご存じでしょうか。
セントバーナードの子犬たちの無邪気な振舞いに、
主人公が翻弄される、コメディー映画です。
セントバーナードは子犬でも30キロくらい。
それでも、やはり子犬なのです。
散歩のとき、小型犬が抱っこされている姿を、
羨ましそうに見ていたことを思い出しました。
そういうことがあってから、しばらくの間、
わたしは、家に入るとき、振り返ってドアを開け、
隙間から滑り込むように、玄関に入っていました。
背中を見せるのは、危険だと思って。
家に入るまでは、まだ外なのです。