なごみカフェ 

~豊かなこころで、シンプルな暮らし~

となりのチビ



ずんぐりした体型で愛想がなく、

可愛いところがみつからない。

 

それが、となりのチビの印象でした。

 

番犬なのかペットなのか、よくわからない。

犬種はなんだったのだろう。

 

4歳のわたしは、となりのチビが

怖くてしかたありませんでした。

 

繋がれていなかったので、

たいてい、

わたしの家の玄関の前にきていました。

 

わたしは、ドアを開けると固まって、

怖くて外に行けないと、

よく家族に言っていました。

 

 

「大丈夫、何もしないよ。」

 

 

夕刊を取りに行くときも、

家の前で遊んでいるときも、

ただ、となりのチビは近くに座っていました。

 

 

そんな風に、月日が流れ、

わたしは小学生になりました。

 

身長が伸び、

もう、となりのチビが怖くはありません。

 

学校に行くときは、

集団登校の待ち合わせ場所まで

見送ってくれました。

 

学校から帰ると、

遊びにでかけるわたしについてきます。

 

愛情表現をしあったわけでもないのに、

いつしかお互いに

大切な存在になっていました。

 

友達という言い方がぴったりなのか、

わかりません。

親子、ソウルメイト、仲間……。

 

つかずはなれず、

わたしのそばにいるとなりのチビ。

 

 

坂道で転んで、ひざを派手に

すりむいたことがありました。

 

あまりの痛みと出血で、

立ち上がることができません。

蝉の声が激しさを増し、

人通りもなく、半泣きです。

 

そんなとき、となりのチビがやってきて、

傷口を一心になめ始めました。

わたしは、落ち着きを取り戻しました。

 

 

「ありがとう、もう大丈夫だよ。」

 

 

家につくと玄関の前で振り向いて

座って両手を広げ

となりのチビに言いました。

 

「おいで!」

 

そうすると、珍しく、

しっぽをフルスイングして

腕の中に飛び込んできました。

 

ぎゅっと抱きしめていると、

こころが幸せに満ちてゆくのを感じました。

 

 

 

遠足の日、集団登校はしません。

 

いつもと様子が違うと思ったのでしょう。

となりのチビは、学校までついてきました。

 

校庭には観光バスが停まっていて、

我が子を見送るお母さんがたくさんいます。

 

わたしは、母が他界していなかったので、

お母さんと手をつないで登校する友達を

羨ましく見ていました。

 

 

バスが出発すると、だれかが言いました。

 

 

「犬が走ってくるよ。」

 

 

となりのチビは

校門を出たところまで走ってきて、

だれよりも長く、見送ってくれました。

 

 

 

夏の日、アイスを食べていると、

となりのチビが舌をだして

暑そうにしている姿が目に入りました。

おやつを分けることは、止められています。

 

 

「氷ならいいでしょう?」

 

 

わたしは製氷皿の氷を

ありったけボウルに入れて

持ってゆきました。

 

 

「まわりにおいたら涼しくなるよ。」

 

 

となりのチビは、ひんやりした地面に伏せて

氷をなめていました。

 

 

 

動物と対等な関係だと思うのは、

後にも先にも、となりのチビだけでしょう。

無口な人間みたいな犬でした。

 

f:id:nagomi_cafe:20210807093201j:plain

わたしは犬や猫がが好きなのかどうか、いまだにわかりません。見ていると、ほっこりしたり楽しくなったりするのです。自ら近寄ってゆくこともあります。でも無償の愛を与え、責任を負う覚悟がありません。だから彼らと暮らすことができずにいます。わたしがここちよいのは、程よい距離感と対等な立場。人間関係と同じだなあと思います。

*********************

 本日の一杯

 思い出はパワーをくれる

*********************

わたしにとって、となりのチビの死は

受け入れ難いものでした。

老衰でした。

 

悲しみや後悔や絶望感などが、

波のように、引いては打ち寄せ、

どんどん大きくなってゆきました。

 

存在の欠如。

 

ああ、そばにいるだけで、

わたしは安心して過ごせていたんだ。

 

気づくのは後になってから。

 

 

「お母さんとチビ、

 どちらかを生き返らせてあげる、

 って神様に言われたら、チビだなあ。」

 

 

そう、軽々しく言って、

温厚な父を怒らせたことがあったっけ。

 

 

わたしは、いまでも、

となりのチビのことが大好きです。

 

もっともっと、

伝えたいエピソードがあるのですが、

温かい涙があふれて、視界が曇っています。

 

ですから、それはまたの機会に。

 

 

 

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」】